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2005年1月
さらに1か月後の1111側。こちらは5000系のままの形態。Sマークや前面幕も残っており、73の編成番号も確認できる。行き先表示は懐かしい荻窪、運番表示は09K。 |
2005年4月
さらに3か月後、ついに動きがあった。奥では廃車となった12Fがアスベスト撤去工事を行っている。11Fも廃車となった様子で、1111の前面幕が撤去されていた。 |
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2005年5月
5月、新鋭2000系03Fと並ぶ場面もみられた。 |
2005年5月
さらに数日後、大きな動きが。先日まで12Fが留置されていた西側の留置線の一番奥側(34番線)に移動され、編成が組み換えられていた。写真左から1116・1115・1114・1113・1112・1111と、対面して1110・1119・1118・1117の順で留置されていた。 |
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2005年5月
右上の写真の右奥(北側)、1117側からの様子。1117〜1110と、対面して1111〜1113の7両は3次車。3次車は、解体前にアスベスト撤去工事の必要があった。そのため、作業上の都合で編成が組み替えられ、3次車を北側に集めて留置したと思われる。3次車はアスベスト撤去工事に先立ち、化粧板、網棚、つり革、座席などが撤去されていた。一方、アスベストを使用していない5次車の1114〜1116は右上の写真の左側(南側)に集めて留置されていた。 |
2005年5月
編成の中間では、1110(左)と1111(右)が最初で最後の対面。 |
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2005年5月
右上の写真の反対側から、1111(左)と1110(右)。 |
2005年5月
2つ上の写真の左側(南側)、1116側からの様子。5次車の1116〜1114は、内装の撤去もされていなかった。 |
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2005年5月
1116の車内。5次車の原形をとどめている。つり革が旧型の三角形のままである。長年の留置で、座席には大量のホコリがかぶっている。年代物の広告が、そのまま日焼けして吊り下がっていた。 |
2005年5月
ドアの窓にはこちらも年代物のシールが。「営団地下鉄では平成2年度から5年計画で全駅に(自動改札を)設置いたします。」と懐かしい表記。 |
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2005年5月
当時現存の5000系と同じ台車。 |
2005年5月
こちらは仮台車。 |
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2005年5月
当時現存の5000系と同じパンタグラフ。
錆びており、すり板は撤去されている。 |
2005年5月
当時現存の5000系にはないベンチレーター。 |