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JR東日本・103系1000番台・1200番台

外観と概要
103系シリーズの営団地下鉄(現東京メトロ)東西線直通用車両。301系の製造コストが高価なため、これに代わる形で製造された。1971年4月20日より営業運転を開始し、2003年5月30日をもってミツK8編成を最後に営業運転から引退した。東急車輛製造(現総合車両製作所)・日本車輌製造・川崎重工業(現川崎車両)の製造で、1970年〜1978年に落成。三鷹駅〜津田沼駅間で運用された。なお、東葉高速線への乗り入れには対応していない。ほかの103系シリーズに比べて、地下鉄直通のための先頭車の前面貫通扉が特徴で、301系と似通っている。前照灯は丸型で上部に2灯を配置。行き先表示器は字幕。当初の運行番号表示器は字幕だったが、晩年はLEDに交換された。パンタグラフはモハ103形に1基づつで、1編成で4基(ミツK9編成は2基)搭載。制御装置は抵抗制御で、MT比は1編成で8M2T(ミツK9編成は4M1T)。車体側面には車両番号とJRマーク(先頭車)が直接記されている。製造時期や更新工事の時期により、車両ごとに細かな差異が多数ある。Hゴムは白色と黒色が混在。側窓の外枠が丸みのある「非ユニット窓」と角のある「ユニット窓」も混在。ミツK8編成はもともと常磐線で活躍していた1000番台。1989年にJR東日本松戸電車区(現松戸車両センター)から三鷹電車区(現三鷹車両センター)へ転属し、必要な改造がなされた。ミツK9編成は5両編成の予備車。ほかの編成や301系の検査時(5両づつ検査)の代車として、残った5両に連結して使用された。そのためクモハ102-1023に前面貫通幌、クハ103-1203に前面貫通幌受けが取り付けられていた。

末期編成表
青字は制御車(クハ)、桃字は制御電動車(クモハ)、赤字は電動車(モハ)、黒字は付随車(サハ)。
◇はパンタグラフ。
細字は原形車、太字は更新工事施工車。
下線なしは「ユニット窓」、下線ありは「非ユニット窓」。
←三鷹駅方 津田沼駅方→ 廃車回送日
[102 103 102 103 103 102 103 102 103 103]
ミツK6編成 1204 1212 1210 1214 430 1207 1210 1208 1211 1204 M'c1204〜T430:2003年2月3日(大船)、残り:2003年5月2日(桐生)
ミツK7編成 1205 1215 1209 1213 429 1205 1207 1202 1202 1205 M'1202・M1202:2003年5月19日(大船)、残り:2003年5月20日(大宮)
[103 102 103 102 103 102 103 102 103 103]
ミツK8編成 1010 1036 1036 1034 1034 1033 1033 1032 1032 1009 2003年6月3日(大宮)
[102 103 102 103 103]
ミツK9編成 1203 1209 1206 1208 1203 予備車、2003年7月29日(大宮)
車内
車内も103系シリーズに似通っている。原形車では、床が灰色。化粧板は貫通扉を含めて若草色。ドアは無塗装。つり革は丸形とおにぎり形が混在。更新工事施工車では、全体的に温かみのある車内となり、床は暖色系。化粧板は白色。貫通扉とドアは無塗装。つり革は三角形。さらに、座席端部には白色の仕切り板が追加された。座席は3人掛け-7人掛け-7人掛け-7人掛け-3人掛けの配置。座席のモケットは青系で、優先席は赤系のモケットを使用している。ロールカーテンはグレー系。ドアはHゴム押さえ式と金属押さえ式が混在。

画像はほぼ同様の車内の103系のもの
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